プリンス

  亀梨和也について語る、なぜなら好きだから。

  『アナザースカイ』のVTRの中で、彼は自らの芸能人生を振り返り次のように述べている。

  努力したとは思っていない。カッコつけたいだけ。カッコいい自分でいたい。だから、そのためにがんばるのは努力じゃない。

  このスタンスはボクの青春期のリアリティとシンクロしている。ちなみに、ボクらの青春期と亀梨和也といえば、TVドラマ『野ブタ。をプロデュース』だが、そこでもこのスタンスは通底していた。そこでは、亀梨演じる主人公・桐谷修二が、現実の自分とイメージとしての自分、すなわち、素の自分と"カッコつけ"ている桐谷修二のイメージとの乖離に苦悩していく様が描かれていく。

  イメージの時代である。象徴性が緩みきった世界で、ミニマムな自分らしさを求めた時代。ボクらは無数のイメージに囲まれながら青春期を過ごしてきた。メールアドレス、腰パン、スカート丈、画一的な制服の下の色とりどりのカーディガン、ケータイストラップ、シャープペンシル、弦の太さ、髪型、そのアシメ具合、ヘアワックス、制汗剤……。それらを、時には合わせ、時にはそらし、ズラしていく、諸々の"カッコつけ"の所作。そこには偉大な何者かへの憧憬などなかった。カッコイイか、ダサいか、カワイイか、キモいか、そんなイメージのグラデーションの中でボクらを突き動かしたのは、密かに好意を寄せるあの子や、敬愛する先輩、気の置けない友人、雑誌の切り抜きや、物語の登場人物などが纏うイメージへと、自らをマイナーチェンジしていく欲望だけだった。

  亀梨和也も、おそらくはそのような連中の一人だ。

  彼はボクらの少し前を歩き、そして振り返る。渾身のひと癖が付与されたターンで。"カッコつけ"られたそのターンは、ボクらの心を魅了して、なんだか少し懐かしくさせる。 彼はまさしく、イメージの時代が生んだプリンスなのだ。

  ボクもイケメンになりたい。